火曜日, 6月 21, 2016

「LINEの中身」 慎ジュンホ(3)













LINEチームの形成、“戦略家”との出会い

 

LINE誕生の起点、慎ジュンホ(3)



出澤剛社長CEO(最高経営責任者)を支える「知られざるナンバー2」、慎(シン)ジュンホ取締役CGO(最高グローバル責任者)。韓国ネイバーの創業者である李(イ)ヘジン氏から「日本市場で検索事業を成功させる」というミッションを与えられ、2008年5月に来日した。

LINEの前身である第2次の日本法人、ネイバージャパンに検索事業トップとして合流し、「社風」と言うべき組織の土壌を築いた。

韓国企業の日本法人ではあるが、日本の文化に体を合わせ、深く浸透していく「カルチャライゼーション」を掲げ、韓国本社の論理や成功体験から一線を画した「自主独立」の体制へと導く。

一方で、慎取締役は日本で検索事業を成功させるためのチーム形成でも貢献。特に、現在取締役CSMO(最高戦略・マーケティング責任者)を務める舛田淳氏の採用は、LINEの誕生や成長にとって最も大きな要素の1つと言える。舛田取締役は、出澤社長、慎取締役とともにトロイカ経営の一角を担うキーパーソンだ。

連載3回目は、この慎取締役と舛田取締役との出会いに着目した。

(「「LINEの中身」 慎ジュンホ(1)」「「LINEの中身」 慎ジュンホ(2) 」からお読みください)






貢献を物語る慎の持ち株比率

 

6月10日、EDINETで公開されたLINEの有価証券届出書。今まで明かされなかった多くの事実を含む膨大な文章の最後に、現在のLINEの主要株主一覧が載っている。

ここに、取締役CGO(最高グローバル責任者)の慎(シン)ジュンホがLINEにとって、いかに大きな存在であるかが示されている。

株主1位は親会社である韓国ネイバーで約87%。後に個人が続くが、2位は慎で5.12%もの持分比率がある。ネイバー創業者の李(イ)ヘジンの2.78%(3位)をも上回り、個人としては圧倒的な存在感を見せている。

LINEが生まれる土壌を築いた慎の貢献が可視化された格好。慎は、チームの形成でも大きな貢献をしていた。



6月10日に公開されたLINEの有価証券届出書。慎ジュンホ取締役CGOは株主として大きな存在感を示す



慎が家族を連れて来日した2008年当時、ゲーム事業を手がけるネイバーの日本法人、NHNジャパン(2003年にハンゲームジャパンとネイバージャパンが合併して社名変更)は好調だったが、韓国で7割以上のシェア誇る検索事業は、日本では形無しだった。

2000年と早期にネイバージャパンを設立し日本市場に参入するも、刃が立たず2005年に検索事業から撤退。再挑戦のミッションを帯びた慎は、ほぼゼロから組織を立ち上げざるを得なかった。

ただし、社長はいた。後にLINEの初代社長を務める森川亮だ。

日本テレビ、ソニーを経て2003年にハンゲームジャパンに入社した森川は、ゲーム事業の拡大とともに順調にキャリアを積み重ね、2007年10月、NHNジャパンの社長に就いた。その森川が、NHNジャパンの子会社として設立された第2次ネイバージャパンの社長も兼務することになった。

2008年に来日した慎を迎え入れ、日本語がまったく分からない慎や、その家族の世話をしたのも森川。当時を慎はこう振り返る。

「森川さんは日本のことが何も分からない私の面倒をいろいろと見てくれました。日本と韓国、両方の文化や生活を理解していらっしゃったので、『こういうことが問題になるだろう』『家族にはこういう面で配慮した方がいい』など、多くのアドバイスもいただきました」




韓国から連れてきた技術の要

 

ただし、森川には好調なゲーム事業をさらに拡大させる責務があり、ネイバージャパンのチーム形成は慎に委ねられる。慎がまず頼りにしたのが、韓国から一緒に連れてきた懐刀の朴(パク)イビンだった。


LINEの技術部門の要、朴イビン上級執行役員CTO
慎と朴は、韓国ネイバーに入る前からの盟友。一緒に「1NooN(チョッヌン)」という検索サイトを立ち上げた創業メンバーで、朴はチョッヌンのCTO(最高技術責任者)だった慎の右腕的な存在だ。慎は、彼女の技術力もさることながらチームの統率力を高く買っており、朴も慎を信頼している。チョッヌンがネイバーに買収された際も、慎が来日した時も、慎は朴を連れていった。

この朴は後にLINEの開発において、技術統括として開発チームをけん引。現在はLINEの上級執行役員CTOを務める技術の要となっている。

LINEの企画・戦略・マーケティングの要はと言うと、取締役CSMO(最高戦略・マーケティング責任者)を務める舛田淳。この舛田もまた、慎が引き寄せた人材だった。



よく知られているように舛田は、LINEの誕生からこれまで八面六臂の活躍を見せている。「ビジョナリスト」、あるいは戦略家として、どこへ向かうべきかのビジョンを掲げ、そこへの戦略を描き、さらに具現化のため事業の立ち上げや推進までもをこなす。

そんな舛田がネイバージャパンに入社したのは、慎が来日した5カ月後の2008年10月のことだった。

中国の検索大手、バイドゥ(百度)の日本法人で取締役を務めていた舛田はもともと、中国式の検索サービスを日本市場で展開しようと画策していた。しかしネイバー同様、苦慮する。

「ローカライズの方針について総論賛成・各論反対の状態が続いた」と舛田。判断の速度は遅く、市場に合わせたサービスも出すことができず、サービスは目立った成長を見せられずにいた。日本進出時からの念願だった日本人社長の就任が決まったタイミングの2008年6月、舛田は一つの区切りとして退任を決める。

「疲れきっていた」と語る舛田は、次に何をやるかを決めずに関係各所へ「退職の挨拶」のメールを送る。その1通が、舛田がネイバージャパンに入るきっかけとなる。





社内の反発を抑えた慎の策

 

ネイバージャパン社長の森川とは、同じ日本を目指す外資系検索サービス同士として、旧知の仲。森川に送ったメールの返信は「お疲れ様会をやりましょう」というものだった。

「日本市場で成功するには、ちゃんと日本に合わせるローカライズと、本社の責任あるエース級の人間がアサインされていないと難しいですよね」。そう経験を語る舛田に、「そういった本社からの人間はいますが、まだ戦略を担う人材がいないんですよね」と返す森川。「もう一度、やってみませんか?とりあえず、会ってみてほしい人間がいるんです」。森川が引き合わせたのが、慎である。

日本語を習いたての慎と2人、ネイバージャパンの会議室。片言の英語と日本語で何とか話し始めるが、お互い検索事業に携わっていたため、共通言語は多い。「グーグルやヤフーに勝つには、それらと違うことをやらないと」「ローカライズは重要」「パーツはこれが必要」……。

意気投合した2人は、ホワイトボードに書きなぐりながら盛り上がり、2時間があっという間に過ぎた。舛田の慎に対する印象は、「すごい人だ。検索自体のことも、普通にやったらグーグルに勝てないことも、ローカライズの重要性もよく分かっている」。

慎に惚れ、バイドゥで果たせなかったことをネイバージャパンで実現したいと考えた舛田は、森川に「戦えると思います。もう1回、やってみたい」とメールした。



だが、事はそう上手く運ばない。



「グーグルやヤフー出身ならまだしも、なぜ負けているバイドゥの人間をとるんだ」。バイドゥという競合出身の人間を迎えることへの反発が、一部であった。

これに対して、「彼はネイバージャパンに必要。スカウトすべき」と主張し、反発を抑えたのが慎である。慎は言う。

「私としては、ちゃんとした観点や考え方を持っている方が必要でした。それに、舛田さんと最初にお会いした時、言葉の壁を越えるくらい話が通じて気が合いました。それは、2人の背景が似ているから。どうすれば日本で検索サービスを浸透させることができるか、という同じテーマや悩みをそれぞれ追っていたからだと思います」

慎は社内を説き伏せるための策も考えた。それは、「役なし」「報酬は前職から大幅減」という条件を舛田に飲ませること。社内に対しては、条件がよい、ということで納得させられる。

この時、舛田は反発の事実を知らなかったのだが、「検索では最後発、2度目の挑戦、鳴り物入りの感じもない中で、無謀な挑戦をしようとしているのが面白そう」と感じ、慎が提示してきた条件を飲む。



「日本語、変じゃないかな?」


慎ジュンホ取締役(左)と舛田淳取締役(右)の出会いも、LINE誕生の大きな要素となった

かくして2008年10月、ネイバージャパンに入った舛田。「カルチャライゼーション」のため、慎ら韓国人のメンバーが必死で日本語を覚えようとしている姿に感銘を受けたことを、今でも覚えているという。

定例会議を翌日に控えたある日の夜遅く、社内で慎が連れてきた朴や、その部下の韓国人技術者が、プレゼンテーションの日本語スピーチを互いに確認しあっていた。

「日本語、変じゃないかな?」「これで、分かるかな?」。舛田はこの時のことをこう語る。「その姿を見た私は、『このチームはいける。戦える』と確信しました」。バイドゥで疲れ果てていた舛田は、ふたたび、サービスの開発に全力を尽くすことになる。

慎によって、LINEが生まれるための重要なピースが徐々にそろっていったネイバージャパン。慎が築いた礎がなければ、LINEの誕生も成功もなかった。その意味で、LINEにとって慎の存在は大きい。

だがこの後、慎が築いた日韓の混成部隊は、数年に渡って苦悶の日々を送ることになる。


(続く)






「LINEの中身」 慎ジュンホ(1)
「LINEの中身」 慎ジュンホ(2)
「LINEの中身」 慎ジュンホ(3)