火曜日, 3月 29, 2016

INTERVIEW: 佐藤卓  第4回 日本のクルマがダサく見えるのは、「構造」をデザインできないから

 

日本のクルマがダサく見えるのは、「構造」をデザインできないから

佐藤卓デザイン事務所 代表 佐藤卓(4)

 


 

 

 

 

 

 

欧米メーカーは「構造」の重要性を知っている


川島:前回は、デザインとは、商品の外見の「意匠」だけじゃなく、商品の骨格にあたる「構造」をつくることなんだ、というお話を伺いました。それで連想したのが自動車のデザインです。卓さん、クルマお好きでしたよね?

佐藤:大好きです。

川島:私はクルマ音痴なんですが、ドイツの3大高級車メーカー、メルセデス・ベンツ、BMW、アウディは、そんな私でも見分けがつく。一方で、日本の大手メーカーのクルマは、どこの会社の製品か分からなくなる。何が違うのかな、と前から疑問だったんですが、メルセデスもBMWもアウディも、「構造」ががっちりつくりこまれていて、それがちゃんとこちらに伝わっているからなんだと納得しました。

佐藤:おっしゃる通り。いま挙げた3社は、「構造」のデザインがしっかりあって、絶対に変えない。BMWの場合、中央のラインで左右2つのパーツに分かれているフロントグリルのデザインは、確か創業以来変えていないはずです。つまり「意匠」以上に「構造」を重視してデザインしているわけです。

川島:BMWと言えば、あのフロントグリルの印象、私の中にも焼きついています。

佐藤:でしょう? 日本のクルマメーカーの多くは、「構造」をデザインするのが苦手なんですね。モデルチェンジで車種の名前まであっさり変えてしまったりする。だから、どのメーカーのどのクルマなのか、ぱっと見てもなかなか認識できないわけです。

川島:日本車のデザインをイメージしにくいのは、「構造」をデザインしていないから、というわけですね。

佐藤:実にもったいない。日本のクルマが備えているテクノロジーは世界的にも素晴らしいし、性能に比して価格も安い。だから売れるわけです。

川島:だから、デザインに重きを置かないわけですね。

佐藤:そうです。結果的に日本のメーカーは、テクノロジーと価格戦略にアイデンティティーを求めてしまう。でも実は、デザインをきっちり仕上げ、デザインのアイデンティティーを確立すれば、「ブランド」になるはずなんです。

川島:デザインが「ブランド」をつくるという側面が大きいわけですよね。

佐藤:企業の理念がデザインの力できちんと表現されていること。それがデザインのアイデンティティーです。そしてお客さんは、デザインに惚れ込んで、買ってくれる、使ってくれる。共感してファンになってくれる。「ブランド」ってそういうことですよね。

川島:しつこく繰り返しますが、日本の自動車メーカーが、先ほど挙げたBMWやメルセデス・ベンツのようなラグジュアリー市場で「ブランド」を確立できないのは、デザインに問題があるからということですか。

佐藤:高級路線のクルマに、自社の名前とは別のブランドロゴをつける。日本の自動車メーカーの高級ブランドのつくり方です。でも、あのやり方には疑問があります。だったら、そのメーカーのロゴには、ブランド力がないってことなのか、と。

川島:ラグジュアリー分野をつくろうとして、新しいブランドを展開しているように見えるけれど、ロゴマークを変えちゃうわけですから、企業イメージとは結びついていかないのは当然のこと。つまり、アイデンティティーが確立されないわけです。



佐藤:シンボルマークは、企業やブランドの顔ですから。きっちり統一した方がいい。

川島:「構造」のデザインだけじゃなくて、「意匠」すなわち商品デザインの観点から見ても、日本の自動車って、かっこいいクルマが少ないなと思います。はっきり言って、ダサい(笑)!

佐藤:デザインが二の次になっているわけです。結局、経営トップがデザインの重要性を感じていないからとしか思えないのです。もったいないことです。

川島:売れているだけに、自信を持っちゃっているのかも。

佐藤:一番、厄介なパターンです。

川島:なぜ厄介なのですか?

佐藤:自信を持っている人は、変えようなんて気持ちがさらさらないからです。でも、クルマのことに限らず、世の中のどんな仕事でも、自信を持ち過ぎては絶対にダメです。

川島:卓さんも、ご自身に対しては「自信を持ち過ぎてはいけない」と戒めたりするのですか?

佐藤:もちろんです。自信満々というのは、たいへん危険な状態です。だから、売り上げだけではなくて、あらゆる仕事のあらゆる領域において、デザインにおいても、本当にこれでいいのかと疑い続けなければいけないわけです。でも、今の日本車の大半は、自社の商品デザインにトップが疑問を抱いているようには見えません。むしろ、自信満々な雰囲気さえ漂っているのです。とても残念です。

川島:日本の家電メーカーは、80年代から2000年代の初頭までは、デザインも技術も含めて世界的な評価を得てきました。それが今や、デザインに力を入れたサムスンをはじめとするアジア勢にやられてしまっている。日本の自動車メーカーが同じ轍を踏むんじゃないかと、ちょっと心配です。

佐藤:これからクルマを取り巻く環境が、がらりと変わっていきます。電気自動車やプラグインハイブリッドのクルマが台頭してくると、ガソリンに頼らないエネルギー分野が開拓される。クルマ自体によりITが導入される。つまりクルマは家電になりITとなる。となれば、自社商品が重視するポイントも、変わらざるを得ないのではないでしょうか。

 

 

フォルムを塊から見いだすのが下手な日本デザイン

 

川島:そもそも、日本のクルマの多くは、かたちそのものに魅力がないと思うのですが。

佐藤:どうしてだか分かります? それはデザインで「構造」をつくることがうまくないからです。

川島:なぜでしょうか?

佐藤:クルマではなくて、住宅で説明してみましょう。日本の住まいは、柱を立てて壁を作って屋根を付けてという造り。木造で、しかも、建て直し、建て直しを繰り返して使ってきたのです。伊勢神宮を見れば分かるでしょう。歴史的建造物なのに定期的に建て直してきたわけですから。一方、ヨーロッパでは、堅牢な石造りの住まいを、何百年にもわたって使い続けます。当然、日本とヨーロッパとでは、フォルムに対する感覚が異なってくるはずです。日本の得意とするデザインは、立体というよりは平面。一方、ヨーロッパの得意とするデザインは、立体的な塊の中からフォルムを見いだしていくことなのです。

川島:クルマは、平面じゃなくて立体。



佐藤:そう。立体なんです。だからひとつの塊としてデザインしないといけない。
ところが日本車の中には、フロント周りのデザインと、リア周りのデザインとがばらばらのケースがけっこうある。前と後ろのアイデンティティーがつながっていない。とりわけ、リアのデザインが息切れしちゃっているケースが多い。美しいデザインのクルマって、後方のデザインのまとめ方が優れています。つまり後ろから見たときにかっこいい。日本のクルマは、前方の顔は一所懸命つくるのですが、後方に行くとデザインがつながっていなかったり、適当にごまかしていたりする。

川島:文字通り、竜頭蛇尾ですね。

佐藤:そう。中にはニュートラルでいいデザインのクルマだってあるんです。トヨタの小型車「アクア」のスタンダードモデルって、僕は結構きれいだと思います。やり過ぎずに、適度に収めている。うまいデザインです。最近出た新しいモデルはちょっと残念ですが。

 

 

「組織図」の汚い会社にかぎって、デザインがダサい

 

川島:うーん、でも不思議だなあ。世界で活躍する自動車のデザイナーは日本人が多いですよね。フェラーリもアウディもBMWも日本人がデザインしている。この連載に登場したカーデザイナーの和田智さんは、アウディで大活躍した、優れたデザイナーです。日本人、別にクルマのデザイン、下手じゃないじゃないですか。

佐藤:和田さんは、僕も面識があります。おっしゃる通り、欧米で活躍している日本人のカーデザイナーがいるのですから、「かっこいいデザイン」のクルマが出てこない原因は、デザイナーにあるわけじゃないのです。

川島:となると、やはり……。

佐藤:経営者にあると思います。

川島:結局、経営トップがデザインに問題意識を持っているかどうかが、その企業のデザインをかっこよくするかどうかを分けるんですね。

佐藤:デザインを統括する部門や部署がない会社は、大企業でも結構多いんですよ。自社の現場で、適当にデザインをやらせてしまっている。だから、出てきたデザインは、それぞれの部署でばらばらになる。つまり会社の商品のデザインに一貫性がなくなる。当然、商売にもブランディングにもデザインが寄与できない……。

川島:ああ、いろんな会社のデザインが目に浮かぶ(笑)。それだと、かっこいい、ダサい以前に、同じメーカーのものでもデザインがバラバラで、ひとつのまとまりとなって見えませんね。

佐藤:僕は、デザインをあらゆる局面で必要不可欠なものととらえています。その意味では、デザインが関わりを持っていない部署は、企業の中でひとつもないと思います。総務部門も、人事部門も、開発部門も、そして何より経営部門も、全部がデザインに関わりがある部署なのです。書類一枚、伝票一枚だって、デザインなわけですから。

川島:企画書だって、その企業のイメージの一翼を担うものだし、請求書のフォーマットだって企業のアイデンティティーをある意味で表している。ましてや全社員が持っているロゴのついた名刺は、その企業の「顔」ですよね。

佐藤:そうでしょう? それだけ広範囲にわたって大事な役割を果たしているデザインについて、統括する部署がないというのは大きな問題です。だから、ここを通さないとうちのデザインではないという専門部署を、まずは作らないといけません。

川島:それも社長直轄で。

佐藤:もちろんです。デザインの決定は、最重要な経営マターですから。経営者こそがデザインにコミットすべきです。逆に言えば、組織の末端にデザインの部署がある会社とは、仕事したくないですね。

良いデザインを提供している会社は良い組織になっている

川島:そこまで思っていらっしゃるのですか?

佐藤:新しい仕事の話をご担当者からいただいた時に、「組織の中でデザインを決定する、もしくは統括する部署はどこに位置づけられているのですか」ということをお聞きして、デザイン担当部署が末端の場合は、丁寧にお断りすることにしています。

川島:なるほど。じゃ、その会社の組織図を見ると、デザインに対する意識が分かっちゃうのかもしれませんね(笑)。

佐藤:いや(笑)、ホントにそうなんです。良いデザインを世の中に提供している会社は、良い組織になっている。あえて踏み込んで言ってしまうと、「組織が汚い」会社というのは、デザインもだいたい汚い。

川島:えっ、組織が汚いってどういうことですか?

佐藤:その会社の組織図が、すっきりしているか、ぐちゃぐちゃになっているかどうか、ですね。これは僕の勘みたいなものなのですが、組織図がきれいですっきりしている企業は、だいたい経営がうまくいっている。そしてデザインも良かったりする。一方、組織図がぐちゃぐちゃで汚い企業は、情報の伝達が良くなくて、商品のデザインもぱっとしない。

川島:なるほど! それは目からウロコの落ちる話です。その企業が健全かどうか、いいデザインができるかどうかは、まずはその企業の組織図を見れば分かるということですね。中間管理職がごっそりいて、誰が何をどう決めるのかよく分からないような企業ってけっこうあります。そういうところと仕事をすると、意思決定を下から上に上げていくだけで、物凄いエネルギーが必要になってきちゃう。私も経験があります。

佐藤:その通りです。もちろん僕は、すべての仕事について、経営トップと直接やらなければダメ、と言っているわけではありません。ただ、デザインが決まっていくプロセスがはっきり見えていない企業の場合、良いデザインはできないんですよね。また、ひとつのデザイン案を通す上で、社内を説得するマーケティング調査をしたりすると、その数字が一人歩きすることがある。そういう場合も、デザインがうまくいかないです。

川島:私も、そういう経験、山ほどしてきました。デザインを調査にかけてしまうのもどうかと思いますが、デザインを通していく理由づけとして、何か客観的なデータ=言い訳が必要なのでしょうね。でもそれは、卓さんがおっしゃった、デザインは民主主義で決めちゃダメ、という話と通底しますね。

佐藤:そうです。

川島:でも、いいこと聞いちゃった。ある企業がイケてるデザインを創造できるかどうかは、その企業の組織図を見れば分かっちゃう。今日から、いろんな企業の組織図、集めてみます。

佐藤:そりゃいい。結果をぜひ報告してください。

川島:まずは自分のいる会社を見てみようかな(笑)









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