木曜日, 12月 24, 2015

宇宙は誰のもの?

米議会「星を所有できる」法律を可決

プラネタリー・リソースの小惑星探査機構想「Arkyd 200」。小惑星にランデブーし、長期間の表面観測を行う。


このところ、米国の宇宙ベンチャーの動きがものすごく活発だ。11月23日、ネット流通大手のアマゾンのジェフ・ べゾスCEOが設立した宇宙ベンチャーのブルー・オリジンは、テキサス州の私有地で、同社の開発した有人弾道ロケット「ニュー・シェパード」の2度目の無人打ち上げを実施し、ロケット部分の垂直着陸を成功させた。イーロン・マスク率いるスペースXも負けじと12月22日、「ファルコン9R」ロケットの打ち上げで、使い終えた第1段を打ち上げ地のケープカナヴェラルに戻して垂直着陸させることに成功した。

ニュー・シェパードの有人カプセルは、慣例的に「ここから宇宙」とされる高度100kmを越えて100.5kmに到達し、その後パラシュートを開いて無事に着地。さらに、ブルー・シェパードのロケット部分は切り離し後に、姿勢を制御しつつ降下し、最後に着陸脚を展開してロケットエンジンを再起動して逆噴射を行い、着陸に成功した。ファルコン9Rについては本日公開の、「スペースXの「ファルコン9」、ついに垂直着陸に成功」をお読みいただきたい。


昭和の特撮ばりの「ロケット回収」シーン

動画を見ると、まるで、昭和の特撮映画のワンシーンのようだ。今年4月の初打ち上げではロケット部分は着陸に失敗して失われたが、2回目の挑戦で見事成功した。



ニュー・シェパードのロケット部分の着地(ブルーオリジン)

米国の宇宙ベンチャーは、ブルー・オリジンやスペースXのような宇宙輸送系のほかにも、有人宇宙飛行、地球観測、通信・放送、宇宙探査などのさまざまな分野を開拓している。彼らの目標はシンプルだ。「宇宙をマネタイズすること」、つまり宇宙空間を地上の経済活動と結びつけ、ビジネスの場とすることである。ブルー・オリジンやスペースXが取り組んでいる宇宙輸送系開発は、そのための手段であって「宇宙へ行くこと」が目的ではない。 

ここからが今回の本題だ。宇宙のマネタイズ化を図る企業に連動して、米政府も動き始めた。
11月21日、米上院は「2015年宇宙法(Space Act of 2015)」を可決、25日にはオバマ大統領が同法案に署名し、同日施行された。これにより、米国において米国籍の個人及び米国内に本社を置く法人は、宇宙空間における資源を所有することができるようになった。

ちょっと待て、宇宙は領土化しないという取り決めがなかったか?

順を追って見ていこう。これまで、宇宙空間における所有については、1967年に発効した国際的な条約の「月その他の天体を含む宇宙空間の探査及び利用における国家活動を律する原則に関する条約(宇宙条約)」が、第1条で「月その他の天体を含む宇宙空間の探査及び利用は、すべての国の利益のために、その経済的又は科学的発展の程度にかかわりなく行われるものであり、全人類に認められる活動分野である。」そして、第2条で「月その他の天体を含む宇宙空間は、主権の主張、使用若しくは占拠又その他のいかなる手段によっても国家による取得の対象とはならない」としており、「宇宙は誰のものでもない」というコンセンサスが形成されていた。宇宙条約は米国や日本を含む世界101カ国が批准している。


では、米議会が言う「所有できる」とはどういうことなのだろう。

今回米国は、宇宙条約が禁止しているのが「宇宙における国家の領有」であることから、「個人や法人の所有は可能」という論理で、2015年宇宙法を成立させたのである。

ベンチャーのロビー活動が法律として結実した

米国では、2015年宇宙法の成立には、ひとつの宇宙ベンチャーのロビー運動が大きく影響していたと報じられている。

その名も「プラネタリー・リソース」。民間資本による小惑星の組織的探査と採掘を目的として2012年4月に設立された会社だ。グーグル創業者のひとりであるラリー・ペイジや、グーグル会長のエリック・シュミット、「ターミネーター」「タイタニック」などの作品を手がけた映画監督のジェームス・キャメロンなどが出資している。かつて大統領選にも出馬した共和党支持の経営者ロス・ペローの息子、ロス・ペロー・ジュニアも出資者のひとりだ。


2015年宇宙法の法案は、テキサス、カリフォルニア、フロリダなど航空宇宙産業集積地から選出された共和党議員12名の連名で議会に提出されており、同社が航空宇宙産業に地盤を持つ共和党議員にロビーイングをかけていたことがうかがえる。

同社は小惑星の探鉱という未来的な目標を掲げつつも、それなりに手堅い事業計画を持つ。まず地球周回軌道に小惑星観測専用の宇宙望遠鏡を打ち上げて地球に近づく小惑星の発見と観測を実施し、次いで有望そうな小惑星にフライバイ観測(目標の星の側を通過して、そのまま飛び去る)とランデブー観測をかけてさらに調査する。この間は、科学者向けに望遠鏡の観測時間や、探査データを販売するなどして収益を得る。さらに小惑星観測のために開発した宇宙望遠鏡技術で、地球を観測する衛星システムも構築し、地球観測データを販売する。

その上で実際の小惑星探鉱を実施、それも最初はレアメタルなど地球に持ち帰る必要のある資源を狙わず、水のある小惑星から水を採取、水素と酸素を作って、運用中の宇宙機に推進剤として販売する――というビジネスプランだ。現在は第一段階の宇宙望遠鏡の開発を行っており、2015年6月には宇宙望遠鏡の技術試験機となる同社初の小型衛星「Arkyd 3R」を国際宇宙ステーションからの放出という方法で、軌道上に展開した。


宇宙条約の“抜け穴”、民間進出で露呈

宇宙条約が領有のみを禁止し、所有について言及していないことは以前から認識されていた。

1979年に国連で採択された「月その他の天体における国家活動を律する協定(月協定)」は第11条で「月の表面又は地下若しくはこれらの一部又は本来の場所にある天然資源は、いかなる国家、政府間国際機関、非政府間国際機関、国家機関又は非政府団体若しくは自然人の所有にも帰属しない。」と個人や法人による月資源の所有を明確に否定したが、こちらは批准国が13カ国にとどまっており、しかも米国や日本を含む宇宙開発先進国がひとつも批准していないという問題点を持っている。

米国では、1980年にスペースコロニーの開発を目指す民間団体のL5協会(現・米国宇宙協会)が月協定批准に反対してロビー活動を展開し、結果として議会が月協定批准を否決している。

実際問題として、世界は長年この問題について認識しつつ「知らない振り」をしてきた。宇宙のマネタイズにあたっては、宇宙空間の有形無形の資源を専有し、利用し、経済的利益を生み出すことが必須となる。しかしこれまでは、宇宙への輸送手段は国家が独占してきた。宇宙空間における所有は即国家の領有と同義であり、領有さえ禁じておけば問題はなかったわけである。

しかし21世紀に入ってから、米国では次々の宇宙ベンチャーが立ち上がった。米政府が、地球周回軌道を民間に開放する姿勢を打ち出してベンチャー支援策を積極的に進めたこともあり、スペースXに代表されるような、かつてなら国の事業でしかできなかったであろうロケットの開発と運用を実施するベンチャーも現れた。その先に、実際に小惑星資源を利用しようとするプラネタリー・リソースのような会社が出現し、宇宙における所有の問題が現実化した。その結果、今回の小惑星資源の所有を認める2015年宇宙法の制定へとつながっていったのだ。


「やったもの勝ち」の共和党的思考による横紙破り

しかし、「宇宙の資源の所有」という問題が、このまますんなりと解決するわけではないだろう。2015年宇宙法は、米国建国以来のフロンティア・スピリット――換言するなら「先にやったもの勝ち」――の、いかにも米共和党的な思考の産物である。

宇宙条約という、領有という限定的なものではあるが、まがりなりにも存在していた「宇宙は“所有”の対象としない」という国際的な合意に対して、「それでは物事が進まない」として行った横紙破りだ。

実際に宇宙での所有を必要とするビジネスが、プラネット・リソース1社だけならばともかく、今後世界各国で類似のベンチャーが出てくるようになると、「宇宙における所有」に関する国際的な合意を構築する必要がある。その時、米国がメートル法に対するヤード・ポンド法のように、あるいは特許における先願主義に対する先発明主義のように、「自分のやり方」に固執して混乱を巻き起こす可能性は否定できない。

より長期的な問題としては、宇宙におけるガバナンスへの影響も考えられるだろう。「宇宙の領有」を否定する宇宙条約と、「個人や企業の所有は否定されていない」として個人や法人の所有を認めた2015年宇宙法。いずれ、ある程度以上の数の人々が宇宙で恒久的に暮らし始めるようなことになったら、宇宙におけるガバナンスの主体はいったい何になるのか。

宇宙の領有ができないにもかかわらず、国になるのか、それとも所有が米国法上は可能な法人組織になるのか。あるいは領有について再考することになるのか。未来は混沌としている。

宇宙で人間が恒久的に暮らすようになるには、宇宙における所有の問題は避けることはできない。2015年宇宙法は、「当たり前に人間が宇宙で暮らす時代」に向けた出発点となるのかもしれない。

とりあえず、今日のところはまだ、星は見上げて願いをかけるための存在にとどまる。
宇宙が強欲に塗れすぎないことを祈って。メリークリスマス。