木曜日, 5月 14, 2015

アマゾン、合法的自動車ピッキングの衝撃

アマゾン、合法的自動車ピッキングの衝撃

そして自動車のトランクはIoTの拠点となる





 あなたは職場にいる。するとスマホにメールの着信がある。荷物が届いたようだ。宅配業者は、どうもあなたの職場下のパーキングにいるようだ。すると、トランクを開閉する許可を与えるかどうか、そのメールは聞いてくる。
 あなたは「YES」を押す。下のパーキングにいた宅配業者は、その許可を受信する。宅配業者はあなたのクルマの前でコントローラーのボタンを押す。すると、トランクが開く。宅配業者は荷物を置いて、トランクを閉める。
 もちろん、宅配業者がもう1回トランクを開けようと思っても、もう開けられない。一瞬だけの許可だ。あなたは会社が終わり、クルマをキーで開けると、トランクに何か入っていることに気づく。「ああ、そうだった。今日は荷物がこのクルマに届いていたんだ」。そのままクルマを走らせたあなたは自宅に到着する。
 自宅では不在通知を受け取っても、なかなか宅配業者と時間が合わない。また、マンションの宅配ボックスといってもすべてが使われているケースもある。なにより出先で受け取れることのメリットは大きい。例えば、会社員が出先のカフェで資料を作成しているとき、突然引用したくなった書籍があるとしよう。そんなとき、自宅に届けられるより、カフェに届けてくれたほうが良い。少なくとも、カフェにやってきたクルマのトランクに届けてくれれば、すぐさま書籍を引用することが可能だ。
 自宅の住所をあまり知られたくないケースもあるだろう。配達人と顔を合わせたくない人も多い。消費者の自宅にいかに早く届けるか——。小売業の問題意識はこのところ、ここにあった。最も優れたサービスは、消費者がそのときいる場所に届けることだ。
 消費者にとっても利便性は向上する。もちろん、タランティーノの映画のようにトランクの中から不審者が出てこない限りにおいては——、であるが。

小売業者と宅配業者の連携

 このところ、宅配業者と小売業者が組んだニュースが世間を騒がしている。たとえば国内を見てみよう。ローソンはアマゾンジャパンと組んで、コンビニの店頭受け取りサービスを拡充する。世の中では想像以上に、自分の住所を宅配業者に教えたくない人は多い。またコンビニでの店頭受け取りサービス自体は珍しくないものの、ローソンはアマゾンとの連携によってシニア層を取り込もうとしている。
 これまた想像以上にネット通販を使ったことのないシニアは多い。ただ、ローソンに来てもらえれば、店内端末から親切丁寧にオペレーターがネット通販を教えてくれる。シニアがたくさんローソンの端末で注文したり、あるいは取り置きしたりしてくれたら、店内でのついで買いも盛んになる。
 またローソンは、佐川急便と組んで宅配事業の拡大も目論んでいる。在宅で買い物が十分にできない家庭に商品を届ける。また、ご用聞きになることで繰り返し・追加注文も狙う。
 アマゾンに対抗する楽天は、日本郵便とゆうパックの受取ロッカーサービス「はこぽす」で連携した。楽天で消費者が購入した商品を好きな時間に受け取れるサービスだ。現在は数十カ所にすぎないものの、消費者ニーズに応えるために拡充していくという。欧米ではロッカー受取の比率が高いのが特徴だ。それは、消費者のプライバシー保護の問題や、配達業者の侵入を防ぐなどセキュリティの問題がある。また、それにくわえ、やはりロッカーでの受け取りが容易なためだ。
 これまで物流やサプライチェーンといった分野はモノを右から左に流す意味付けしかなかった。しかし、現在では企業の付加価値の源泉にすらなっている。これはもちろん本業とする私からすれば喜ばしい状況だ。

ネット通販の影で、宅配業者の憂鬱

 ただ、冷静に申せば、国内貨物輸送量は、平成8年(いまから約20年前だ)の68億トンをピークに減少し続け、現在ではなんと48億トンになっている。先ほど、「企業の付加価値の源泉にすらなっている」とまで述べたが、コンビニとネット通販は右肩上がりだったものの、そのほかの業界は左肩上がりが続く。日本の「失われた20年」は、物流量も減り続けた20年だった。物流側のマクロな観点からすれば、減り続ける国内貨物量をカバーするためにもネット通販各社や異業種との連携は避けられなかった背景がある。
 国内でも海外でも、先進国では同一傾向だ。それは製造業が新興国に移る中で、生産物の物量が減ったのが大きい。また、箱モノのインフラ投資が減ると、建築資材の物量も減っていく。経済がソフト化していくなかで、まだネット通販やコンビニ各社のように、消費者が購入する一般消費財だけが残った状況だ。
 先ほど国内でもローソンがアマゾンと組んだ例を紹介した。ただ国内での動きが遅いと思ってしまうくらい、米アマゾン・ドット・コムは新たな施策を出し続けている。

アウディとアマゾンの連携

 それが冒頭で紹介した、「最も優れたサービスは、消費者がそのときいる場所に届ける」ものだ。アマゾンは、このトランクに荷物を届けるサービスを、独DHLと独アウディと連携して行う。
 まずは地域限定だが、アウディを保有していてドイツのミュンヘンに住んでいる人たちが試行できる。DHLには、お客のアウディのトランクを開け、荷物を置くための、ワンタイムパスワードが付与される。現在アマゾンは、ドイツにおいてはスーパーマーケットやコンビニなどで荷物を取り置きできる。アマゾンは、アウディと協力することで、新たな“ポスト”を手に入れたようだ。
 アウディにとっては、優良顧客に対して付加価値サービスを提供できる。アマゾンはこの試行の結果を待つものの、基本的にはその他のアマゾンプライム会員にたいしても同サービスを展開していきたい旨の抱負を述べている。
 なお、これはアマゾンだけのサービスではない。2012年にはCARDROPSが同種のサービスを公開していた。また今年に入っても、ボルボが同種の取り組みを開始している。きっとこのサービスが拡大していくためには、消費者にとってセキュリティ上の懸念が払拭されることが重要だと思われる。ただ少なくとも、ボルボの例では、試験者の92%が、自宅で受け取るよりも便利だったと答えた。
 細かな話では、宅配業者がトランクを開ける行為に対して自動車保険の保険料率が上がらないようにする必要がある。また、万が一、宅配業者が誤配した際のバックアッププランを考慮する必要もある。ただ、それでもなお、自動車メーカーとしても自社ユーザーに対して幅広い機能の提供が求められているし、トランク宅配サービスは、すくなくとも欧州ユーザーの要望には合致している。

クルマはIoTの拠点となる

 しかし、より重要なことは、クルマ自体がIoT(モノのインターネット)対応のスマートデバイスになることだ。センサーを付けた1台のクルマが動けば、年間2ペタバイト(ペタは1000兆)のデータを生み出す。ドライバーの通ったルートと速度、時間からは、混雑情報が生み出される。また例えば、狭い道路が事故多発箇所だとする。スピード狂のドライバーが狭い道をかっ飛ばさないように、GPSと連動させて特定地区では一定以上のスピードが出ないように抑制するインテリジェントスピードアダプテーションの開発も進んできた。
 そして次に個人の消費データもクルマに溜まることになれば、ドライバーの嗜好そのものがビッグデータとして分析されるだろう。
 コンビニのロッカーに取り置きしてもらうと取り出しの際に周囲に見られる一方で、クルマのトランクに入れてもらえば誰からも見られない。家族や、あるいは周囲に見られたくない商品を購入したい場合は“重宝”するだろう。加えて例えば、突然のパーティーには、クルマにジャケットを配達してもらえば、そのまま車を飛ばして向かえるだろうし、あるいは彼女とのデート時のサプライズプレゼントにも活用できるかもしれない。または、オフィスに届けると同僚に迷惑をかける飲料類をまずは一旦トランクに届けてもらうのもいいだろう。
 自動車メーカーはトランクというポストを手に入れ、そしてクルマを生活の拠点にしようとする。個人に集まるデータはスマホに、そして物理的なものはクルマに集まるとすれば、iPhoneと、そしてiPhoneならぬiCarがIoTの中心となっていく。もちろん、クルマが個人のハードを集める場として勝利するかは分からない。ただ、こう考えると、現在、行われているのは個人のデータ収集をめぐるハード企業の闘争ということにもなるだろう。
 かつてクルマをタダで配るビジネスモデルが考案されたものの、実現しなかった。クルマをタダで配っても、たとえばアフターパーツや広告費などでペイするには時期尚早だった。冗談のように、運転席に座ると一定時間の宣伝を聞かないと動かない——などアイデアがあったものの、冗談でしかなかった。
 ただ、クルマがすべての生活のプラットフォームになっていけば、がぜんフリーモデルは現実味を帯びるかもしれない。クルマはアマゾンやその他のネット通販事業者のマージンを得るようになり、そしてドライバーのビッグデータを提供する“情報販売業”に移り変わるのだ。

そしてトランク配送の宅配業者側メリット

 自動車メーカーではなく同時に宅配業者からみたメリットも説明したい。かつてヤマト運輸は、時間指定配達サービスを開始した際に、周囲からコストアップを懸念された。しかし実際には、時間を指定してもらったほうが再訪問の手間がなくなり、結果的にはコストダウンにつながった。それだけ再配達のコストは大きい。ただそれでもなお、時間指定にもかかわらず不在のケースも多い。
 しかし、クルマのトランクで受け取るのであれば、基本的にいつも配送できる。もちろんトランクの故障などは考えうるけれども、再配達のリスクは少ない。したがって、宅配業者からしてもコストの削減につながると思われる。
 あとはアウディやボルボの試行が成功に終わるかを見ておきたい。なぜなら、それでも勝手にトランクを開けられるのは「気持ち悪い」——という素直な感想があるように思われるからだ。
 私はなかなか面白いと思う。トランクを開けたときに、荷物がもぞもぞ動いていない限りは——であるけれど。