水曜日, 4月 15, 2015

映画「ル・コルビュジエの家」

映画「ル・コルビュジエの家」


入学した公立高校が、建築のモデル・スクールだった。設計は坂倉準三。世界的に著名な建築家、ル・コルビュジエの高弟になる。高校の校舎は、当時としては実にモダンで、スロープを上ると、メイン・エントランス。教室は二面ガラス張り、体育館はコンクリート打ち放しのカテナリー方式とかいう、不思議な建物だった。坂倉準三や、ル・コルビュジエの名は、高校に入る直前に初めて知った。

ル・コルビュジエの弟子は、日本の建築家に何人かいる。日本の建物では、上野の国立西洋美術館が、ル・コルビュジエの設計になる。ル・コルビュジエが、1948年に設計、アメリカ大陸で唯一の住宅が、外科医のクルチェット邸だ。アルゼンチンの首都ブエノスアイレスから南東60キロ、ブエノスアイレス州の州都ラプラタにある。いまは、資料館になっていて、見学できるらしい。

このクルチェット邸で撮影した映画「ル・コルビュジエの家」(Action Inc配給)を見た。ドキュメント映画のようなタイトルだが、れっきとした劇映画である。原題は「エル・オンブレ・デ・アル・ラード」(隣の男)という。邦題は、たまたま、映画がクルチェット邸で撮影したからと思われる。冒頭から、息もつかせぬ面白さである。大袈裟に言えば、ブラックなユーモアが混ざり、人間存在の深奥に迫った、エキサイティングな心理ドラマである。サスペンスがたっぷり、次はどうなるかと、画面に釘付けになる。椅子のデザインで世界的に成功したレオナルドは、妻と15歳になる娘と豪邸に住んでいる。吹き抜けで、折り返しのスロープを昇ったところがピロティだ。多くのガラス窓がある。スロープの近くには太い木がある。家具調度はモダン、壁にはいろんな現代アートが掛かっている。まさに、豪邸。

ある朝、隣人の家の壁に穴が開き始める。隣人のビクトルが業者に頼んで、陽の光を入れるための窓を作ろうとしていることが分かる。レオナルドは違法だからと抗議する。ビクトルは、黒いシートで壁穴を覆って、抗議を受け入れようとするが、いつの間にか窓のための木枠を入れてしまう。ふたりの話し合いが続くうちに、レオナルドはどのような人物かが、少しずつ明らかになっていく。逆に、ビクトルは正体不明、鋭い顔つきに低い声で話す。一見、レオナルドと友達になりたいような、なれなれしい態度だが、レオナルドのいくつかの行動には、明確な不快感を示す。ビクトルは、中古車の販売をしているようだが、生業は、はっきりしない。イノシシの肉で作ったというマリネをプレゼントしたり、ライフルや銃弾を真っ赤に塗ったオブジェを、レオナルドに届けたりする。



窓をめぐってのビクトルとの何度かの交渉や、妻とのやりとり、学生へのデザイン指導、使用人や仲間との会話などから、レオナルドは、金持ち特有の、成功した人間独特の傲慢さが感じられ、鼻持ちならない俗物であることが露わになっていく。また、考えた末の判断かは明確ではないが、レオナルドは、ビクトルや妻に対して、いくつかの嘘をつく。そして、ビクトルとの交渉が進むにつれて、妻との関係が、いっそう険悪になっていく。もっとも、一見、幸福そうに見えるレオナルドの家族は、もともと仮面家族であったのだろう。一方、ビクトルは、壁に開けた大きな穴から、若い女性と戯れているところを、レオナルド夫妻に覗かせたり、不思議な指人形のパフォーマンスを、レオナルドの娘に見せたりする。父親とは一言も口を聞かない娘は、それを見て、喜ぶ。ますます、ビクトルの正体が、分かりづらくなっていく。そして、窓をめぐっての事件が、一件落着するようになるが、そこから、とんでもないことが起こり始める。

ラストは圧巻、エンド・クレジットもまたブラックなユーモアを湛えて、深い余韻を残す。首尾一貫、曖昧な人間存在や、人間心理の深奥が的確に描かれる。優れた人間観察に裏打ちされた、並々ならぬ演出力だ。アルゼンチンでは、ここ10年ほど、共同で実験映画やテレビ映像を撮っているガストン・ドゥプラットとマリアノ・コーンが監督、撮影。練り上げられた緻密な脚本は、ガストン・ドゥプラットの兄、建築家でもあるアンドレス・ドゥプラット。古くは、「スール/その先は・・・愛」のフェルナンド・ソラナス、2000年代では「ボンボン」のカルロス・ソリン、「ルイーサ」のゴンサロ・カルサーダ、「瞳の奥の秘密」のファン・ホセ・カンパネラ、「瞳は静かに」のダニエル・ブスタマンテなどなど、アルゼンチンには映画の達人が多い。ドゥプラット兄弟やマリアノ・コーンもすでに達人の域と思う。

レオナルドを演じるラファエル・スプレゲルブルド、ビクトルを演じるダニエル・アラオスは、ともに映画は初出演だが、もとは舞台俳優で演出家だ。達者な演技も頷ける。「ル・コルビュジエの家」を傑作というのは簡単だが、完璧な傑作と言いたい。



Story

ハンマーで壁を壊している。朝、目を覚ましたレオナルド(ラファエル・スプレゲルブルド)は、隣家を見る。壁に穴が開いている。工事人に文句を言うが、ラチがあかない。隣人のビクトル(ダニエル・アラオス)は不在である。レオナルドは、椅子のデザインで、世界的に大成功を収めている工業デザイナーである。ル・コルビュジエの設計した豪邸に、妻のアナ(エウジニア・アロンソ)と、15歳になる娘ローラと暮らしている。非の打ち所のない、幸せそうな家族に見える。豪邸には、レオナルドの知り合いの教授が、学生をつれてきたり、一般の観光客までが、見学に来たりするほどだ。ビクトルに文句を言うレオナルド。「穴を開けるな、違法だ」。ビクトルは答える。「ちょっと太陽の光を入れたいだけ」と、レオナルドに窓を開ける許可を求める。

壁に黒いシートが張られたが、改装の音がまだ続いている。様子を見てくれば、と言う妻に、「他人の家の事情にかかわりたくない」とレオナルド。妻は、どこかの大学に勤めながら、若い女性たちに、自宅でヨガを教えている。ビクトルとレオナルドは、ビクトルの車の中で話し合う。レオナルドは、窓くらいはいいと思うが、妻が猛反対、妻を説得する、と言ってしまう。

テレビ局のインタビューを受けるレオナルド。隣家の壁の穴の件で、妻ともどこかギクシャクし始めているレオナルドは、仕事も手につかない。隣の工事の音は、まだ聞こえている。テレビのインタビュアーの女性の態度に、ついカッとなって、取材をキャンセルするレオナルド。ビクトルから電話が入る。レオナルドは出ようとしないが、レオナルドの行動はビクトルに筒抜けのようである。


黒いビニールの向こうにいるビクトルに、声をかけるレオナルド。「妻は話を聞こうとしない」と。レオナルドは、「改装費と窓をふさぐ費用はこちらで持つ」と提案する。「金はいらない、陽の光を少し分けて欲しいだけだ」とビクトル。「君が好きだから、窓のことは忘れよう」と、理解を示すビクトル。ビクトルは、イノシシのマリネをレオナルドに贈る。花束を妻あてに届けたりするが、レオナルドは、ゴミ箱に捨てる。

夜、黒いビニールを眺めて、「警察に届ければ」と妻。「何をしてる人?」との問いに、レオナルドは、「さあ、中古車販売かなにかの世捨人だ」と答える。釣り竿で黒いビニールをはがすレオナルド。木の枠が出来ている。ビクトル宅にいた老人に、怒鳴りつける。「今日中に窓枠を撤去しろ」。娘は、自室でヘッドフォンで音楽を聴きながら、踊っている。レオナルドが話しかけても、何も答えない。「父の知り合いに相談する?」と妻。「いや、最後通告した、これでだめなら、奴を叩きのめす」。下品なレオナルドの言葉に、妻は、「あなた変よ」、とあきれている。

ビクトルが訪ねてくる。窓の件は素直にあやまるが、怒鳴りつけた件を持ち出す。レオナルドが怒鳴りつけたのは、ビクトルの叔父だった。「知的障害者に怒鳴る奴は許せない」、とビクトル。あやまるレオナルド。夜、隣が騒がしい。夫婦でビクトル宅を覗いてみる。上半身裸のビクトルが、女性を後から抱きしめる。友人の建築家に相談するレオナルド。「床より高い位置に、20センチ程度の横長の窓なら、陽も入るし、覗かれない。法と日常生活は別、よく話し合うことだ」と助言する。バナナやベーコンを使って、段ボールの箱の中で、指人形のパフォーマンスをするビクトル。窓ごしに見ていた娘は、「最高!」と拍手する。1週間経過するが、、壁の穴は塞がっていない。「職人がいない、来週月曜日には塞ぐよ」とビクトル。ライフルと銃弾、有刺鉄線で作った不思議なオブジェを2点、レオナルドに見せるビクトル。「1つ、置いていく。要らないなら捨ててくれ」。「義父への恩返し」という弁護士に、ビクトルの連絡先を教えるレオナルド。弁護士は、怖じ気つかせようと、戦略を語る。

仕事に集中しようとしているレオナルドに、いつものようにキスを迫る妻。拒否するレオナルドに、妻は突っかかってくる。玄関にあるオブジェを見て、「醜悪、捨てろ」と妻。「学生が置いていった」と嘘をつくレオナルド。レオナルドと妻の夜の生活もうまくいっていない。娘にいくら話しかけても、何も答えない。娘、妻、その両親が旅行に出かけた隙に、レオナルドは、教え子の女性を誘うが、拒絶される。話したいからとビクトルがやってくる。弁護士の件で怒るビクトル。「弁護士は断るから、仕切直そう」とレオナルド。思いつきだが、と前置きして、細い明かりとり窓にしようと提案する。ビクトルは賛成する。細くなった壁の穴を見て、覗かれないからいいだろうというレオナルドに、「とにかく塞いで」と妻。

ビクトルに電話するレオナルド。「家のオーナーの義父が、窓を見て半狂乱。抵抗したが・・」と嘘ばかりつくレオナルド。「解決策は、壁を全部、埋めること。早くやってくれ」。「了解した」とビクトル。
やっと、すべてがうまくいくかと思われたが・・・。