金曜日, 8月 08, 2014

いまさら「鉄コン筋クリート」スタッフインタビュー(1) マイケル・アリアス(監督)

『鉄コン筋クリート』スタッフインタビュー(1)
マイケル・アリアス(監督)


ついに封切られた松本大洋×STUDIO4℃の話題作『鉄コン筋クリート』。その公開を記念し、今回から4回に分けてメインスタッフへのインタビューをお届けする。第1回目に登場していただくのは、『鉄コン』映像化という長年の夢を、熱意と愛情で叶えたマイケル・アリアス監督だ。

プロフィール
マイケル・アリアス Michael Arias

80年代後半より、ドリーム・クエスト・イメージズ社でVFXスタッフとして活動を始め、「アビス」や「トータル・リコール」といったハリウッド大作に参加。巨匠ダグラス・トランブルの下で「バック・トゥ・ザ・フューチャー」のアトラクション映像の制作に従事した後、日本に渡って1年ほどイマジカ特撮映像部に在籍。翌年、ゲーム大手ソフトウェア会社SEGAにて「メガロポリス・トーキョー・シティー・バトル」の共同監督を務める(1993年のSIGGRAPHエレクトロニック・シアターで上映)。その後、独立してニューヨークに拠点を移し、映画「クルックリン」「未来は今」などのCGを制作し、多くの賞を獲得。そして再び日本に戻り、ソフトイマージ社のプログラマーとして、3DCGと手描きアニメの組み合わせに特化した「ソフトイマージ・トゥーンシェーダー」を開発・特許取得。その技術を全面採用した『鉄コン筋クリート』パイロット版ではCG監督を務めた。日米合作のアニメーション・アンソロジー『THE ANIMATRIX』では、ウォシャウスキー兄弟の指名でプロデューサーを担当。このとき一緒に仕事をしたSTUDIO4℃で、念願の『鉄コン筋クリート』映画化企画に着手。10年以上前から暖めてきた夢を実現させた。 


●2006年12月7日
取材場所/アスミックエース
取材/岡本敦史、小黒祐一郎
構成/岡本敦史



―― 最初に『鉄コン筋クリート』の原作を読まれた時から、「これは映画化せねば」と思われたんですか?
アリアス そういうわけではないです。でも読んですぐ、これを映画にしたら凄く面白いだろうな、とは思った。それは自分の癖なんです。新しい音楽を聴いた時は「これを映像に合わせてみたら」とか、人の映像作品を観ても「俺だったらこうする」とか、そういうシミュレーションをしている。小説とかマンガを読む時もね。特に、(松本)大洋さんのマンガは元々映画っぽくて、映像にイメージしやすかった。
 原作を読んだ当時は、1人でのびのびとソフトウェアの開発をしてたんです。結構ヒマな時間もあったので、遊びと実験を兼ねて『鉄コン』のある1ショットをCGで作ったんですよ。1995年とかそのくらいかな。
―― それは静止画なんですか?
アリアス いや、動いてる画で。ちゃんとキャラクターがいて、背景があって、カメラも動かしたりして。まあ、動いてると言っても、シロとクロが電柱の上でモダンダンスを踊っているようなものですけど。そういう雰囲気の10秒くらいの映像。今見ると、これでよく大洋さんが許可してくれたな、って思うんだけど(笑)。
―― それが、当時いろんな人に見せて回っていたというテスト映像ですか。
アリアス そう。例えば、スタジオジブリで新しいバージョンのソフトウェアの説明をする時とかに、実験台としてそれを使ったりしてたんです。
―― デモンストレーション映像みたいな?
アリアス いや、素材のデータ自体を使って、その場でいろいろな質感を見せたりとか、輪郭線の強弱を変えて見せたり。
 自分はいつの間にか『鉄コン』の映画を作ってる気になってたんですよ。CGだと、時間さえあれば1人でできちゃう部分もあるし。
―― それは後に森本晃司監督と作られたパイロット版とは違ったものなんですね。
アリアス そうです。
―― パイロット版を作るまでの間に、どれくらい期間が空いてるんですか?
アリアス 大洋さんと知り合ったのが1997年の冬だったから、パイロットを作り始めたのは1998年の夏かな? コミックスウェーブの竹内(宏彰)さんと僕の間で、『鉄コン筋クリート』の映画を作れたら面白いね、という話をしていて。竹内さんは森本さんと仲がよかったから、森本さんに監督を頼もうと言い出した。非現実的な話をしているな(笑)、と思った反面、自分も作品を観て凄い人だと知っていたから、できたら凄いなと思った。それで竹内さんが森本さんを連れてきた。
―― 最初にSTUDIO4℃と接触したのはその頃なんですか。
アリアス パイロット版を作っている1年半ぐらいの間に、STUDIO4℃の人がちょこちょこ遊びにきたり、『音響生命体ノイズマン』の制作担当をやっていた佐伯(幸枝)ちゃんがラインプロデューサーとして参加したりもしていたんです。何かの集まりで大友(克洋)さんとも会う事ができてて、(田中)栄子さんとだけは会ってないような感じでした。
―― なるほど。
アリアス 僕と森本さんでよく話していたんだけど、パイロット版をそのまま映画化するには、CGだけじゃ弱い。できるならSTUDIO4℃と組もう、と。森本さんもそこがいちばん落ち着くし。
 それで、99年の前後にパイロット版ができて、完成したものをSTUDIO4℃のスタッフに見せに行ったんです。その時、スタジオ見学もしました。すでにいろんな人と面識があったから、そんなに違和感はなかったかな。で、パイロットを見せたんだけど、栄子さんにしてみれば森本さんはよそで勝手に遊んでるみたいな感じだったから(笑)、よくは思ってなかったと思う。でも、スタッフからの評価はよかった。
 その後は、僕の方から栄子さんとSTUDIO4℃へのアピールもあったし、森本さんが監督した「Le Saunda」のCMで、CGを手伝う事もできた。STUDIO4℃とのつきあいは、大体そこからなんだよね。
―― その時点では、まだ外部スタッフという感じなんですね。
アリアス 実際に栄子さんと対等な形で仕事できたのは、『THE ANIMATRIX』。ウォシャウスキー兄弟から「こういう企画を考えてるんだけど」という連絡があって、そのうち自分と竹内さんと栄子さんの3人でプロデュースするという事になっていた。
 そこからは、ほとんど毎日のようにSTUDIO4℃に行って、作打ちに立ち会ったり、脚本の編集をしたり、栄子さんと何度も海外出張に行ったりしてました。その仕事が結局3年近くかかって、その間ずっと一緒だった。
―― 『THE ANIMATRIX』の現場を通して、アニメの作り方を把握できたという感じなんですか?
アリアス いや。日本に来る前から、ソフトイマージ社でトゥーンシェーダーの開発をしていて、ワーナーブラザーズとかドリームワークスのアニメーター達にいろいろ相談したり、一緒に作ったりしていたんですよ。日本に来てからは、ジブリとのやりとりもあったし。もちろん作打ちに参加するまではいかないから、いわゆるジャパニメーションの制作現場にいちばん深く関わったのは、STUDIO4℃が最初かもしれない。
 いちばん最初に入ったドリーム・クエストというVFX会社でも、CGが映像に使われていない時代だったから、社内に手描きのスタッフがたくさんいたんです。ロトスコープの作業をしていたり、マスクを切ったりしてました。自分もそこで、オクスベリー社製のアニメーション撮影台のオペレーターをやっていた。ドリーム・クエストを辞めてニューヨークに戻った時も、4ヶ月ぐらい夜間のバイトみたいなかたちで、CMアニメーションの撮影オペレーターをしてたんです。
―― なるほど。アナログの経験もあるんですね。
アリアス 日本のアニメーション制作現場の独特な雰囲気は、ジブリとSTUDIO4℃で知りました。もちろん向こうのやり方とはまた違うから。
―― 『THE ANIMATRIX』の現場で忙しく働きつつ、『鉄コン』映像化の夢も同時に持ち続けていたんですよね。
アリアス パイロット版がその後うまくいかなくなって、割り切って別の仕事に集中しようとしても、なかなか簡単に離れる事ができなかった。(原作は)何度読んでも飽きないし、他の仕事をやっていても頭の中は『鉄コン』でいっぱいだった。
 もういい加減に作らないと、いつまでも胸のあたりにもやもやしたものを抱え続ける事になる。誰か他の人が先に作っちゃったらどうしよう、みたいな不安もあって。やっぱり自分のものにしないといけない。そう自分の中で気づいた部分もあるし、森本さんとか周りの人からも「作っちゃえ」と言われたりして。
―― 自分で監督しちゃえ、と。
アリアス そうね。まあ、軽く「作っちゃえ」と言うのと、本気でそれを決断するのとは大違いだから(笑)。でも、『THE ANIMATRIX』が終わった後、栄子さんが「うちで作ろうよ」と言ってくれて。どこまで希望のものができるかは何とも言えないけど、とにかく絶対完成させる、と約束してくれたのが、いちばんデカかったかもしれない。そういう台詞をずっと待っていたというか、ホッとした気分だった。「やっと誰かが解放してくれる」という気持ち。その時は、まさかこんな大御所ばかりの現場になるとは思ってなかったけど……。
 こうやって『鉄コン』ができた経緯を話す時にいつも思う事なんだけど、栄子さんはある意味『鉄コン』のお母さんみたいな存在だと思う。自分が親父だとするとね。彼女が僕を認めてくれたのは、凄く大きかった。まあ、夫婦喧嘩もたくさんあったけどね(笑)。
―― STUDIO4℃で作ると決まった時、監督はマイクさんで行くというのは決定事項だったんですね。
アリアス うん。森本さんも興味を失っている雰囲気だったし、森本さんの作りたい『鉄コン』と、自分の作りたい『鉄コン』が違うというのは、お互いに分かっていたから。
 原作を読んだ時、これは自分の内面、自分が生きている毎日をそのままマンガにしたんだ、と感じたほどだった。自分が表現したい事は、この本の中ですでにかたちになっている、と思うくらい。だからやっぱり自分がやらなきゃ、思いどおりのものはできないと思った。
 でも、実際にそういう気持ちが高まってくるまでは、監督をする事にはあまり興味がなかったんですよ。どっちかというと、職人として細かい何かに夢中になって作る事が好きだったから。『THE ANIMATRIX』のプロデュースにあたって、自分が監督とはまた別のタイプだという事も分かっていた。自分に全体を見る目があるとは思っていなかったんだよね。
 だけど『鉄コン筋クリート』の場合は、何年も色々考えてる間に、いろんなディテールが見えてくるという事が大きかったんじゃないかな。
―― アイディアを練っている間、何かイメージしていたアニメーションのスタイルというのはあるんですか? 最終的には西見祥示郎さんの画になったわけですけど。
アリアス あの原作の画をそのまま動かすというのは、可能かどうかは別として、ちょっとストーリーの邪魔になる気がしていた。だからやっぱり徐々にデフォルメしていく感じになるのかな、と思ってたんだけど……橋本晋治さんとか、大平晋也さんの画を見て、考えが変わってきた。特に晋治さんが作監をやった『THE ANIMATRIX』の「Kid's Story」。制作中に晋治さん本人ともいろいろ話ができたりして、動きをそのまま形で見せるようなスタイルもアリかな、とも思い始めた。全部きっちりした直線で描いたようなものにはしたくない、という思いがあって。
―― 「Kid's Story」みたいな感じでも行けるんじゃないか、と。
アリアス ただ、大洋さんが得意とする、微妙にドライな感じ? 巧いのか下手なのか、ブサイクなんだか可愛いんだか分からない(笑)、あのスタイルをどう動かして表現できるのかな、というのはあった。
 西見さんの画に目覚めたきっかけは、たまたま誰かの机に西見さんがやっていた作品のイメージボードが置いてあって、それをふっと見た時。最初、大洋さんの画だと勘違いしたんですよ。
―― おお、劇的ですね。
アリアス でも大洋さんの画ともまた違うな、と思って。いろんな人に「これ、誰の画?」って訊いてたら、CGIディレクターの斉藤亜規子さんが「西見君だよ」って教えてくれて。西見君って誰だ、と思ったんだけど(笑)。
―― STUDIO4℃で『マインド・ゲーム』を作っていた時に、面識はなかったんですか?
アリアス 『マインド・ゲーム』を作っている間は、僕は『THE ANIMATRIX』で凄く忙しかったから。一緒にやっていた人達以外は、特に原画の人はあまり知らなかった。
 それで、ちょうどその時、西見さんは別の人と打ち合わせをしていたから、西見さんの机の場所を人に教えてもらって、とにかく机の上にあるものを全部漁った(笑)。『マインド・ゲーム』の原画とか、「ピポサルオリンピア」(編注:「ガチャメカスタジアム サルバト~レ」の改題前のタイトル)のボードとか、落書きとか、かっこいい画がいっぱいあって。この人が『鉄コン』のキャラデザインをやったら凄くいいな、と思った。栄子さんにその話をしたら、ちょうど西見さんを紹介しようとしていたところだったんです。
―― 遅かれ早かれ出会う事になってたんですね。
アリアス その後で「ピポサル」を観たら、画も動かし方も凄くかっこいいし、『マインド・ゲーム』で描いたシークエンスも凄く素敵だった。湯浅さんの画とも少し違うというか、まあ近いところにいると思うんだけど。
―― 『マインド・ゲーム』でも『鉄コン』でも、動きにメジャー感がありますよね。
アリアス あ、それ今度、西見さんに言おう(笑)。喜ぶと思うよ。
 『鉄コン』の最初の1年間は、僕と西見さん、美術監督の木村(真二)さんの3人だけだった。木村さんとは、栄子さんの推薦で最初に話ができてたのね。「町そのものを主人公にしたい」というところに、木村さんは凄く惹かれていた。それと、3Dとの融合性のある立体感を持った映像にするというのも、2人で話していました。
 美術監督、キャラデザイナー、監督、みんな同じ部屋だったんです。3人で一緒にお昼を食べに行ったり、飲みに行ったり。僕は夜になると栄子さんの家に行って、脚本を直す作業をしていた事もある。あと、斉藤さんとCGでカメラワークのテスト的な映像を作ったり、町の立体的な地図を作ったり。マルチョンみたいな画でストーリーボードを描いたり。そういう事をやりつつ、みんなで資料を交換したりして、その1年間にいっぱい話ができた。
―― 監督がスタッフに向けて書かれた「ディレクターズ・ノーツ」というのを見せてもらったんですが、それもその頃に作ったものなんですか?
アリアス いや、西見さんと木村さんに会う前に作ったもの。元々は企画書みたいな、売り込み用の文章でもあったから。だいぶ早い段階からあったんですよ。
―― なるほど。
アリアス それを今度はスタッフに見せようという話になった時に、少し手を加えて、自分が作りたい作品の説明みたいな文章になっていった。その中からさらに、ミュージック・ノーツとか、キャラクター・ノーツとかも作って。
―― 一応、プリントアウトして持ってきたんですよ。
アリアス ああ、恥ずかしい(苦笑)。自分は画が描けないから、文章に依存するなり、街に出て写真を撮ってくるなりして、西見さんや木村さんにイメージを伝えていました。カメラワークは、はっきりとしたデモ映像で見せる事ができていたけど。原作の中のどの部分を強調して、どういう作品にしたいかというのは、具体的に画にしない限り進まない。その最初の1年間で、かなり神経を使いました。西見さんと木村さん、栄子さんは一所懸命それを引き出してくれたり、何を言おうとしているのか理解しようと努力してくれた。そういう相手がいたからこそできたんだと思います。
 その後、作監の久保(まさひこ)さんと浦谷(千恵)さん、演出の安藤(裕章)さんが参加するようになって、その3人も次に大きな存在でしたね。あのコアなスタッフが、本当に家族になってくれた。1人でも欠けたらできなかったくらい、凄くいい意味でのチームワークがあった。あえて僕が絵の人間じゃないから、各部署でやり甲斐のある仕事になったんだと思う。自分は、特に最初の1年間は「俺でいいのかな」っていう感じだった。
―― どの辺から「ああ、俺でいいんだ」という感じになったんですか?
アリアス いやあ、それは意識してないね。初号試写の時なんて、僕も西見さんもすっごく気持ち悪くなっちゃって。
―― 2人で?
アリアス みんなでしょう。オールラッシュの時も、冷や汗かきながら観てた。押井守さんだったかな、「自分の作品は作ってから10年間は観ない」って言ってて、それは凄くよく分かります。終わった直後は、自分で上手い下手なんて絶対に判断できないと思う。きっとそれぐらい経ってやっと距離感ができて、自分にとってその作品がどういうものか分かるんじゃないかな。
―― どういうところがよくないと思われたんですか?
アリアス 早送りで観ているような気分だったんですよ。こんなにアップテンポなはずじゃなかったのに、いつのまにか映画が終わってしまっている、みたいな。今はもう、試写会とかで10回くらいは観ているので、少しずつ普通に観られる状態にはなってきているけど。
―― 確かに、あの全3巻の原作を111分の映画に凝縮する過程で、かなり苦労したという話は聞きました。
アリアス (原作には)おいしいエピソードもいっぱいあるし、かっこいいアクションもいっぱい見せたい。でも、動の部分があれば、同じくらい静の部分がないと成り立たない話だし、それがテーマでもあるから。アンソニー(・ワイントラーブ)君と一緒に脚本を書いている時点では、最初は町をヒーローにして、群像劇みたいに様々なキャラクターを前に立たせようとしたんだけど、そうすると凄く長い作品になってしまう。その後、やっぱりクロとシロを前に出そうという事になって、構成は同じにしながら、バランスとか配置は全部変えていった。
 さらに、その英語のシナリオを日本語に訳すのも大変で。ディテールが飛んでたり、台詞がおかしくなってたり。アニメーションの場合は特にそうだけど、アメリカと日本では脚本の書き方も違うから。そういう「正しいイメージに戻す作業」が凄く長かった。
―― 映画全体のビジュアルについてお訊きしますが、過度にスタイリッシュな感じではなく、基本的に暖かみのあるナチュラルな質感ですよね。登場人物の服や背景美術の色が前に出てくる、非常に「素直」な映像という印象を受けました。それは最初から求めていたスタイルなんですか?
アリアス パイロット版でやったような、クールな映像にはしたくなかった。なるべく自分の好きな感触を出したくて……昭和初期の印刷物、美人画とか、薬箱の絵とか、子供の絵本とか。あの手作り感をどう出せるか、というのは、日々みんなに投げかけていました。
 例えば(デジタルペイントの)ベタ塗りじゃなくて、セル塗りの絵の具のムラみたいなのがパカパカする感じ。そうすると昔の手作りっぽいよさが出るかな、って。それは過去のSTUDIO4℃作品でもいろいろ実験していて、前から頭の中にあったものです。色も原色じゃなくて、ちょっとくすんだ感じの色。昔の2色印刷でしか出ないような、パレットの幅は狭いんだけど独特な、懐かしい色遣い。そういうのが出せないか、とはよく話し合ってました。
―― なるほど。
アリアス いろいろなところで素材感みたいなものが出せるといいな、って。線にも少し遊びがある方がいい。美術の背景にしろ、CGにしろ、直線はなるべく使いたくなかった。画面全体が少し湾曲しているとか、魚眼レンズ風のイメージになっていたりとか。
 カメラワークも、カメラを持った人間がいると想像できるくらいの映像にしました。今までのアニメーションでは、(手ぶれ表現は)キャラクターの見た目からのイメージでしか使ってなかった。この作品のは、言ってみればホームムービーみたいな雰囲気。角を曲がった時、カメラがガタガタ揺れたりする。それがあってこそ、手作りっぽい感じが出る気がして。もちろん、シーンによってはちょっとスタイリッシュな感じにもしてます。特に蛇のシークエンスなんかは、カメラワークも手ぶれじゃなくてステディカム風に、少しクールにやろうとか。
―― 基本的には、自然な温もりのある世界ですよね。
アリアス 町の雰囲気で言うと、今回は特に乗り物がいっぱい出てくる。路面電車とか、ボンネットバスとか、トラックとか、三輪車とか、何百台も道を走ってる。あの辺もなるべく、手描きの感じを入れたかった。西見さんは「CGではできない」って言ってたけど、僕とCGI監督の坂本(拓馬)君、安藤さんの3人は、わりと確信犯だった。目にもの見せてやろう、って感じで。
 最初は久保さんの描いた車輌デザインをもとにキッチリした形で作るんだけど、その後で全ての線に歪みをつける。それをコマごとにほんの少し遊ばせたり、踊らせる。そうする事によって、手描きみたいな勢いが出てくるんです。
 CGの部分も、1コマじゃなくて2コマだったり、場合によって3コマもある。やろうと思えば全部1コマでつけられるんだけれども、そうすると何でもヌルヌルしたCGっぽい映像になっちゃう。なるべくそこにひとひねり入れて、素材感みたいな感触をつけていました。
―― これだけ雑多な世界観なのに、統一感があるのは凄いですよね。
アリアス 最初に何カットか作って、みんなに見せた時、この映画の目指すターゲットが分かったんです。
―― それは冒頭の追っかけのシークエンスですか?
アリアス 作り始めてすぐに取りかかったのは、太陽を背にしたカラスが町にダイブして川の上を飛んでいく、タイトルが出るカット。その前のシロがマッチを持ってるカット。あと、シロがクロに蹴りを見せて「シロ、宇宙一の蹴り持ってる!」って言うカットとか。
―― 結構、バラバラに。
アリアス うん、いろいろなシークエンスから。7、8カットくらいかな? イメージ開発という意味でもね。西見さんと久保さんと浦谷さんが原画を描いて。久保さんはずっと(タイトルシークエンスの)カラスばかり描いてた(笑)。1分近くずっとカラスが飛んでて、しかも確か全原画だったから、何百枚も描いてたね。
―― あそこだけでも相当な長さのカットですよね。
アリアス 本当に、10人ぐらいで3ヶ月、あのカットだけをやってました。だから、ここがうまくいけば、いろいろな事が見えてくるというカットだった。手ぶれ映像にしても、空撮の表現にしても、CGと手描きが融合したジオラマ風の背景にしてもね。みんなでそのカットを試写室で観た時、「俺達が作っているのはこういう映画だ」って、そこからシンクロしたんだよね。
―― なるほど。
アリアス 早い段階からそういう大変なカットを先にやれたから、みんな自信を持って進めたんじゃないかな。やっぱり、いろいろ話し合ってても、実際に絵にならないとどういう作品なのかは見えてこない。
―― オープニングからいきなりクライマックスの話になっちゃうんですが、クロとイタチが対峙するシークエンスは、映像的にもの凄い事になってますね。あのイメージはいつ出てきたんですか?
アリアス いちばん最後ですね。
―― シナリオ段階の最後?
アリアス いや。シナリオも納得いかないまま、原作の展開も納得いかないまま、でも始めないといけないから、とりあえず他のところをどんどん作っていった。あそこだけはコンテもなくて歯抜けだったんですよ。
―― 子供の城でのスペクタクルあたりからブッツリなかったんですか?
アリアス いや、前後とか間のインサートはあったんだけど、クロの心象風景は全部ない。自分としては、ここまで観てきた映像とは全く違う、観ている人を裏切るような感じにしたかった。子供の城がファイナルステージかと思ったら実は、みたいな(笑)。マクロじゃなくてミクロ、みたいなね。
 木村さんによく見せていたのは、電子顕微鏡の写真。あの限りなく細かいディテールがいっぱいある世界に、もの凄いスピード感があって、クロとシロがそこにいるような映像にしたかった。でもどう作っていったらいいのか。みんなに迷惑かけるぐらい粘って、結局何も提示しないまま進んでいた。
 森本さんにもその部分の絵コンテを頼んでいたんだけど、なかなか上がってこない。いろいろ他の仕事で忙しかったし、やっぱり森本さんの考えていた『鉄コン』じゃないという事もあって、最後まで完成しなかった。
―― 森本さんの描いた部分は残っていないんですか?
アリアス ある意味ね。最初に森本さんの描いたラフな絵コンテがあって、それと自分が描いた絵コンテもあって。やっぱり森本さんの描くイメージは格好いいから、いいところを自分の絵コンテの流れに突っ込んで、最後の何カットかだけ久保さんに絵コンテを描いてもらいました。それでも、それは流れでしかなくて、どういう絵にするかはまだ分からなかったんだよね。
 その間、効果だとかスピード感だとか、テスト的な映像はみんなに見せていたんだけど、いい加減もう映画館が空いちゃうくらい時間がなくなってきて(笑)、そろそろ作らないとまずい雰囲気になってきた。それで、どういう絵にするかは後々でいいから、とりあえず今までの作り方、手法を全部ひっくり返して、素材段階でぶち壊して違うものにしようと決めたんです。
―― 具体的には?
アリアス まず、原画をお願いしていた久保さんの発想で、動画を入れないで全原画にして、鉛筆で描かずに全部ボールペンで描こう、と。ボールペンで描くと線の質も違うし、それ以上に間違ったら直せない。久保さん、ヘッドフォンでアフリカの音楽かなんかを大音量で聴きながら、毎日ほとんど人と喋らないでゴリゴリゴリゴリ、ずっと原画を描いてた。ある時、メイキングのスタッフが現場に来て、久保さんが描いてる絵を後ろからこっそりカメラで撮ろうとしたんですよ。それに気づいた久保さんがブチ切れて、「俺達、絵を描いてるんだから!」って言って、ダーッていなくなっちゃって、現場に3日間戻ってこなかった。
―― 凄いエピソードですね。
アリアス それぐらいの緊張感で描かれた原画が、元々の素材としてまずあった。美術に関しても、木村さんがいろいろと考えてくれてました。人間の内側が画面に直結したような、オーガニックな、限りなく細かいディテールがある世界。具体的にどうやって作ったかというと、例えば大きなセルにシンナーとかで薄めた絵の具を垂らして、他のセルとサンドウィッチにして、乾いたら剥がして、また違う素材を塗って、ドライヤーで乾かしたり。そうやって何枚もの大判のセル画を描いて、高解像度で取り込んで、どこに寄っても面白い絵になるようなものをたくさん作ったんです。
―― それであの異様な、人知を超えた映像になってるんですね。
アリアス でも、例えばイタチが地面の上に立ってるとか、空があるとか、そういう立体感は出さないといけない。その絵のいろいろなところを見て、ここは空にしようとか、ここは地面にしようとか、レイアウトの構図になんとなく似ている部分を拾って、ちょっと歪ませてパースをつけたりしていました。
 そういう素材はたくさんあったけど、それでもどんな映像にするかはまだ誰も分からない。だから最初のうち12カットぐらいは自分が引き受けて、特殊効果もCGも塗り方も、コンポジットまで全部1人で作った。でも、このまま監督がそれだけやってると、映画自体が完成しない。それで、CGI監督の坂本君と、マツ(・アンドレン)君というスウェーデン出身のCGアニメーターに、とりあえず素材があがったらどんどんイメージどおりに組んでいってほしい、と発注したんです。
―― 大変な作業だったでしょうね。
アリアス 今考えると、作品のいちばん最後になって、やっとあのクライマックスができ上がったというのは、ちょっと美しい話だと思うんだけど。当時はみんなパニックになってる(笑)。自分も昼間はアフレコとかポスプロをやって、夜は寝ないでそのシークエンスの絵を作っているような状態。アフレコもそこに関しては絵がひとつもない状態で録ってるんですよ。
―― 本当にいちばん最後だったんだ。
アリアス 音響や音楽もアドリブというか、ファイナルミックスの時に映像を観ながらギリギリで仕込んでいる感じだった。昼間はロールのミキシングをやりながら、夜は作曲家がまだ埋まってないところの音楽を作ってる。終わった時はもう、エドさん(エド・ハンドリー。音楽を担当したPlaidのメンバー)もかなりやつれてて、目の下にクマができてました(苦笑)。
 あのシークエンスは、僕も客観的に観て面白いと思う。原作にはない、映像ならではのパワーがあるというか。作り始めた時には、ああいう映像になるとは思ってなかった。
―― 自分でも、あんなものが出てくるとは思ってなかったですか?
アリアス それこそ、自分の中のイタチと対面したみたいだったね(笑)。久保さんも木村さんも、イメージをうまく具体的な素材にしてくれた。あれぐらい巧い人達だから、試行錯誤するにしても、普通の人とは全然やり方が違う。やっぱり新しい映像を作るには、とにかくどの段階においても冒険していないと、見た事のないものにはならないんだって事。それが分かってる人達なんですよね。また一緒に仕事ができたら、最高。



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