水曜日, 10月 17, 2012

「デザインを超えるもの」ジョ ン・マエダ

「デザインを超えるもの」ジョン・マエダ
デザインはもはや決定的な差別化要因ではない──iPhoneが強い欲望の対象と なっている現代において、MITメディアラボの副所長も務めた著名なグラフィックデザイナー、ジョン・マエダが考える「デザインを超えるもの」とは。

ジョン・マエダ | John Maeda
日系アメリカ人。著名なグラフィックデザイナーであり、計算機科学者、大学教授、作家でもある。いまは「美大のハーバード」と呼ばれるロードアイランドス クールオブデザイン(RISD)のプレジデント であり、その前はMITメディアラボの副所長を務めていた。米エスクワイア誌は、2008年に21世紀の最も影響力のある75人のひとりとして彼を選んだ。デザインとテ クノロジーの両方を融合する作品を追求していて、彼のアート作品はMoMAの常設展に所蔵されている。

デザインが重要であることをわれわれはすでに知っている。

プロダクト・デザイン、インダストリアル・デザイン、エクスペリエンス(経験)のデザイン、そしてサプライチェーンのデザインと、様々な領域でデザインの 良し悪しが重要な違いを生むようになっている。iPhone 5を買い求める人々の熱狂ぶりからは、あの製品が単なる目的達成のための道具ではなくなっていること、iPhoneが強い欲望の対象となっていることが見 てとれる。もう誰も、ただ仕事をこなせるだけの製品やあるいはそうした経験を欲したりはしない──人々が欲しいと思う のは、それを使って何かをしたいと思わせるようなものである。

そのため、企業間の競争の中心は技術からデザインに移り始めた。しかも、あらゆる企業が他社をデザイン力で上回ろうと(日本語版関連記事)躍起になっているようだ。しかし、優れたデザインの製品やユー ザーエクスペリエンスはあって当たり前のものとなり、これを退屈だとする人さえ出てきている(日本語版関連記事)。

デザインはもはや決定的な差別化要因ではない。

MITメディアラボで大学院生たちがRuby on Railsでプログラムを書いているのを目にしたのは、もう6年以上も前のことだが、あの時、私は大きな変化が起こりつつあることを体感した──洗練され たウェブサーヴィスを開発しリリースすることが、かつてないほど簡単にできるようになっているということを感じ取った。「Processing」 のような情報デザインツールや「Arduino」のようなハードウェア開発のオープンソースプラットフォームが登場したことで、プログラミング やプロトタイプの開発はよりシンプルで一般的なものになった。テクノロジー関連のシンプルなツール類はデザインをいたるところに拡げていった。そしていま も、その流れは続いている。

しかし現在、人々はテクノロジーやデザインを超えたものを欲するようになっている。単なる移動手段としての4つの車輪やハンドルを欲しているわけでもな く、あるいはどこにいても常に音楽や情報に取り囲まれていたいと考えているわけでもない。いま彼らが求めているのは、自分の価値観を思い出させてくれるよ うな方法──つまり、この世界のなかでどのように生きることができるか、どう生きるつもりか、どう生きるべきかという価値観を思い出させ てくれるものである。

いま、イノヴェイションはデザイン以外のところで生じる必要がある。それを簡単にいうと、アートの世界ということになる。

アメリカのアーティスト、レノール・タウニーは、ベッドのまわりにあるすべてのモノを装飾した。仕事と してではなく、ただやらなければ気が済まなかったからだ。

左脳的な合理性と右脳的な直感とを組み合わせることがイノヴェイションにとっての鍵である。もっとも「デザイン」と「アート」を混同してはいけない。これ らは異なるものであり、その違いは重要だ──デザイナーが生み出すのが「解決策(答え)」であるのに対し、アーティストが生み出すのは 「問いかけ」である。解決策がわれわれを前進させる製品やサーヴィスだとすれば、問いかけは物事の目的や意味を深く追求していくもので あり、時に進むべき道を見つけるために、われわれを後ろに引き戻したり寄り道させたりするものである。アーティストの問いかけは謎めいたものであることも 多く、ある問いに対して、別の問いで答えるようなものもある。だからこそ、アートを理解するのは難しい。私が好んで言うのは、誰かがアートを理解するのに 苦戦しているとしたら、アートはその役割を果たしているということだ。

スティーブ・ジョブズは、CEOになったアーティストのもっとも有名な例だった。ウォルター・アイザックソンが書いたジョブズの伝記を読むと、アーティストは、他人にはイメージできない理想を徹底的に追求する、気まぐれで嫌な やつと思えるかもしれない。しかし、いい意味でも悪い意味でも、ほとんどの人々は自分自身のことをアーティストだと思ってはいない。だが、「アーティスト は精神的に不安定」といったステレオタイプを捨ててみれば、アーティストの本質が見えてくるはずだ──アーティストとは、他の人間にとってはまったく意味 をもたない大義、けれども自分にとってはそれがすべてという大義を追求するために、自分自身の安寧や命さえ捧げることもめずらしくない人 種のことをいう。

別の言い方をすると、アーティストは富や名声、安楽を得るためではなく、真に自分自身のために何かに夢中になる。アーティストはある謎の最深部に横たわる 真実を理解する必要がある。ジョブズの場合、彼は「単なる時代性や基本的ニーズを超越するデジタルなエコシステムが、現代や未来の文化にとってどんな意味 を持ち得るか」という問いの答えを、骨身を惜しまずに探し求めた。われわれがジョブズの手がけた製品を買うのは、単にその機能性や優れたデザインのためで はなく、彼の作品の完成度の高さに対する敬意の気持ちからである。つまりわれわれは、彼がつくり出そうとしていた未来に対するビジョン や、そのビジョンが表す価値観を受け入れ、それに対価を支払っている。だからこそ、われわれは少々高くとも喜んでお金を払うわけだ。

物事の不完全さが明かされることがますます多くなっている世界のなかでは、そうした価値観を堅持し続けることはわれわれにとって最も重要なことである。わ れわれは責任を持ってつくられ、偽りなく販売された製品を買いたいと思う。そしてまた、単なるアルゴリズム(計算処 理)から生まれたものではなく、自分たちの如く人間の精神から生まれてきたものを買いたいと思う。

TEXT BY JOHN MAEDA
TRANSLATION BY 中村航

WIRED NEWS 原文(English)
※この翻訳は抄訳です


[書評]シンプリシティの法則(ジョン・マエダ)

「シンプリシティの法則(ジョン・マエダ)」(参 照)は、表題からその意図がわかるだろうが、煩雑な物事にシンプリシティ(簡素さ)を求めるにはどうしたらよいのかという課題に対して、基本とな る10の指針を法則として与えている。翻訳の文体に多少硬い印象があるが、これはかなりの美文で書かれているのでしかたがないだろう。

cover
シ ンプリシティの法則
ジョン・マエダ
書籍本体は意図的にきっちり100ページに抑 えてあり(訳本もまた)、二時間もあれば読み通せる。要点もまたすっきりと書かれているので、わかりやすいという印象を持つ人もいるだろう。つまり、この 本自体がそのシンプリシティの法則が適用されているがゆえにシンプルである、と。間違ってはいない。薄く軽いタッチの書籍のわりに1500円は高いなと思 う人もいるかもしれない。
 私にしてみると、この本はきつい読書の部類に入った。再読を終えて、実はまだ書評を書くべきではないのではないかと逡巡している面がある。シンプルに書 かれているのだが、読書にかなりの思考力が要求され、理解しづらい。単純に要点をまとめて暗記してすむといったたぐいの書籍ではない。ある種の古典といっ た風格がある。著者ジョン・マエダ(参照) も、背をもたれて読んでほしいとしているが、ところどころで読者に思考を強いているようだ。
 凡庸な編集者なら(本書はかなり編集者の手が入っているようだが)、本書をもっとばっさりと安易なハウツー本に仕上げることができるだろう。だが、マエ ダはそこを明確に、ヒューモラスに拒絶している。理由はわかる。シンプリシティ(簡素さ)とはけしてシンプルなことではないからだ。そしてなぜそれがシン プルではないかというと、シンプリシティを求める人間の知性や美意識のなかに、生命の本質が関わる複雑性の要素をそぎ落とすことができないからだ。マエダ の思考は、どことなくハイデガーの哲学に似たような部分があるが、そういう比喩は誤解を招くかもしれない。
 本書の目的は非常に明確であり、その点ではシンプリシティそのものだといえる。

私たちのミッションは、コミュニケーション、ヘルスケア、娯楽の分野においてシンプリシティが持っているビジネス価値を明らかにすることだ。


人びとは、生活をシンプルにしてくれるデザインを買うだけではない。さらに重要なことに愛しているのだ。ここ当分のあいだは、複雑なテクノロジーが私たち の家庭や職場に押し寄せ続けるだろう。したがって、シンプリシティはきっと成長産業になるはずなのだ。

 ものを作る、サービスを提供するということにおいて、その価値に対してシンプリシティがどのように貢献できるのか。こうした分野に関わる人びとにとっ て、本書はおそらく必読といってもよいかもしれない。
 私は本書を読みながら、些細なことだがこのブログ「極東ブログ」のデザインのことも考えた。私は私なりにこのブログのデザインに自分の美学を表現してい る、もっともそう思ってくれる人はいないだろうが……。色合いは私が好きなマルタカラーから選んでいる。2カラム以上は増やすまい。アフィリエイトの猥雑 さを減らしそれでいて可能な最適なアフィリエイトはどのように可能になるか。本文は読みやすいか……。この点についてはかなり批判があるだろう。メイリオ といった書体を強制的に指定することもできるし文字を大きくすることもできる(だがしていない)。いろいろとシンプリシティを考える。
 本書を読みながら、たびたび、別途私がウェブサービスで使っている「はてな」のことも考えた。率直に言って本書は「はてな」の人びとに読んでもらいたい と思った(おそらくすでに読んでいらっしゃるだろうが)。というのは興味深いサービスを多数提供しながら、そしてそれなりにシンプリシティを追求されてい るのだろうが、それでもシンプリシティとはほど遠いサービスが続出する状況はなんとかならないのだろうか。
 他にもいろいろある。携帯電話もおよそシンプリシティから遠い。携帯電話のメールにいたっては自然に適用されたシンプリシティへの要求で表題がすでに欠 落して使われている。いや、それはもはや電子メールではないのだろう。
 デジタルカメラも複雑過ぎる。プリンターもそうだ。パソコンがそもそもシンプリシティから遠くなりつつある。
 ITだのデジタル分野以外に、公共サービスもまた複雑化している。高齢者医療の負担の問題については、その対象の人びとが理解できるシンプリシティはな かった。人生全体についてもシンプリシティは求められる。
 本書の法則は破っても罪になるものではないとして。

だが、デザイン、テクノロジー、ビジネス、人生においてみずからシンプリシティ(そして健全さ)を探求するときには、これらの法則が有用であることがわか るだろう。

 本書は丹念に読めばデカルトの方法序説の脇に並べるほどの価値をもっている。
 ではそのシンプリシティの法則とはどのようなものか。それはすでにウェブでも公開されている(参照)。ここにも再掲してみよう。ただし、訳は私なりに変えてみた。 アイコンは本書についていたもので、マエダがそのコンセプトをデザインしたものだ。

  1. REDUCE(縮 小せよ): The simplest way to achieve simplicity is through thoughtful reduction.(シンプリシティを達成するもっともシンプルな手法は思慮深い縮小を通して実現される。)
  2. ORGANIZE(組 織化せよ): Organization makes a system of many appear fewer. (組織化によって多数のシステム構成要素が少なく見える。)
  3. TIME(時 間): Savings in time feel like simplicity.(時間を節約させれば人はシンプリシティの感覚を得る。)
  4. LEARN(学 習せよ): Knowledge makes everything simpler. (知識によってすべてがよりシンプルになる。)
  5. DIFFERENCES(互 いの差分): Simplicity and complexity need each other. (シンプリシティとコンプレクシティは互いに必要としあう。)
  6. CONTEXT(全 体状況): What lies in the periphery of simplicity is definitely not peripheral. (シンプリシティの周辺にはとても周辺とは思えないものが存在する。)
  7. EMOTION(情 感): More emotions are better than less. (情感は少ないより多いほうがよい。)
  8. TRUST(委 託): In simplicity we trust. (私たちはシンプリシティに委託するものだ。)
  9.   FAILURE(失格): Some things can never be made simple. (けしてシンプルにならないものが存在する。)
  10. THE ONE(選ばれし者ザ・ワン): Simplicity is about subtracting the obvious, and adding the meaningful.(シンプリシティは自明なものを取り除き、意義を加えることに関わる。)

cover
The Laws of Simplicity
John Maeda
ところ で、DIFFERENCESのアイコンはなぜ、アヒルなのだろうか?(アヒルではないのか?) 私はなんとなく自分なりの理解を持っているのだが、シンプ ルなお答えはどこかに書かれているのだろうか。ご存じのかたがいらしたら教えていただきたい。 追記
 コメント欄にて早々に回答をいただいた。ありがとう。
 Duck duck goose、なるほどね。
 ⇒maeda January 23, 2007